大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岡山地方裁判所 昭和44年(ワ)908号 判決 1971年8月03日

原告

つちや産業株式会社

右代表者

松本繁光

右代理人

山本朝光

被告

株式会社 丸大

右代表者清算人

川原継男

右代理人

宮本誉志男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金二三二万三、二四四円および内金一一八万九、六五四円に対する昭和四四年四月一八日から、内金一一三万三、五九〇円に対する同年同月二八日からそれぞれ支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として

一、原告は左記約束手形二通(以下本件手形ともいう)の所持人である。

(1)金額 金一三三万五、四〇五円

支払期日  昭和四四年四月一八日

支払場所 株式会社中国銀行児島支店

支払地、振出地倉敷市

振出日 昭和四三年一二月一九日

振出人 カネカ株式会社

受取人 株式会社丸大(被告)

第一裏書人 同右

同被裏書人 つちや産業株式会社(原告)

(2)金額 金一一三万三、五九〇円

支払期日  昭和四四年四月二八日

振出日 昭和四三年一二月二九日

その他の要件は右(1)の手形に同じ。

二、被告は原告に対し本件手形をいずれも拒絶証書作成義務を免除のうえ裏書譲渡したものである。

三、原告は本件手形を、それぞれその支払期日に支払場所に呈示したが、いずれもその支払を拒絶された。

四、その後振出人たる訴外カネカ株式会社は前記(1)の手形に対し金一四万五、七五一円の内入弁済をした。

五、よつて原告は裏書人である被告に対し前記(1)の手形金の残金と同(2)の手形金の合計金二三二万三、二四四円および右(1)の手形金の残金一一八万九、六五四円に対するその支払期日である昭和四四年四月一八日から、右(2)の手形金一一三万三、五九〇円に対するその支払期日である同年同月二八日からそれぞれ支払ずみに至るまで手形法所定年六分の割合による利息の支払を求める。

と述べ、

抗弁に対する答弁として

被告主張の抗弁事実中本件手形の振出人である訴外カネカ株式会社が原告主張のころ倒産したこと、本件手形の所持人である原告が本件手形上の債権につき同訴外会社の負債整理のため開かれた債権者集会に出席し、その席上他の債権者とともに、同訴外会社から提供された金五〇万円を債権額に応じて各債権者に比例配当する旨の議決をなし、その後本件手形上の債権の一部につき右議決に基づく配当(弁済)を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

すなわち

(1)  原告は被告主張の債権者集会においてその主張のような残債務免除の議決をしたことはない。

(2)  仮に原告が同訴外会社に対し本件手形上の債務を免除する旨意思表示をしたものであるとしても、本件手形を同訴外会社に返還していない以上、右意思表示はその効力を発生していない。

(3)  また、仮に右意思表示がその効力を発生したものであるとしても、右は本件手形の振出人である同訴外会社の手形債務を免除したにすぎないものであつて、その裏書人である被告の手形債務に消長を来すものではない。

と述べ、

立証<略>

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として

原告主張の請求原因事実中第一項の事実は認めるが、第二、三項の事実は不知。

と述べ、

抗弁として

本件手形の振出人である訴外カネカ株式会社は昭和四四年五月六日倒産したものであるが、本件手形の所持人である原告は本件手形上の債権につき同訴外会社の負債整理のため開かれた債権者集会に出席し、その席上他の出席債権者とともに、同訴外会社から提供された金五〇万円を債権額に応じて各債権者に比例配当する旨および右により弁済を受けられない残余の債権を放棄(債務免除)する旨の議決をなし、その後本件手形上の債権の一部につき右議決に基づく配当(弁済)を受けたものである。

以上のとおり本件手形については、その振出人である同訴外会社の手形債務が右弁済および免除により消滅したので、その裏書人である被告の手形債務(償還義務)もこれとともに消滅したものというべきである。

と述べ、

立証<略>

理由

一、原告主張の請求原因事実中、第一項の事実は当事者間に争いがなく、第二項の事実は<証拠>により、第三項の事実は第二項の事実が認められ特に反証もないことによりそれぞれこれを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二、そこで被告の抗弁について検討するに、まず、本件手形の振出人である訴外カネカ株式会社が原告主張のころ倒産したこと、本件手形の所持人である原告が本件手形上の債権につき同訴外会社の負債整理のため開かれた債権者集会に出席し、その席上他の出席債権者とともに、同訴外会社から提供された金五〇万円を債権額に応じて各債権者に比例配当する旨の議決をなし、その後本件手形上の債権の一部につき右議決に基づく配当(弁済)を受けたことは当事者間に争いがない。

次に、<証拠>を綜合すれば昭和四四年七月六日開催された右債権者集会において原告は、債務者である同訴外会社の右金員提供による残債務免除の申し入れに対し、他の出席債権者とともにこれを承諾し、同年九月三〇日限り右金員を各債権者に比例配当する旨および各債権者は同年一〇月一日を以つて同訴外会社に対する残余の債権一切を放棄(債務免除)する旨の議決をなしたことが認められ、右認定に反する証人片山雄之助の証言は前掲各証拠に照らして容易に信用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。してみれば原告は右決議に加わつたことにより同訴外会社に対し右日時をもつて本件手形上の債務残額を免除する旨意思表示をしたものと認めるのが相当である。

ところで、原告は原告が同訴外会社に対して本件手形を返還していない以上右意思表示はその効力を発生していない旨主張するが、債務の免除は、たとえ手形債務を免除する場合であつても債権者の一方的意思表示のみで有効にこれをなしうるものであり、別段手形の返還を必要とするものではないと解すべきであるから右主張は理由がなく、右意思表示は前記日時を以てその効力を発生したものというべきである。

以上の事実によれば、振出人である同訴外会社の本件手形上の債務は前示の弁済および免除により消滅したものというべきである。

ところで、約束手形裏書人の所持人その他の後者に対する償還義務なるものは約束手形の主たる債務者である振出人の手形債務の履行を担保するために手形法上特に認められた従たる債務であり、同法第七七条、第七八条、第四七条ないし第五〇条等の規定するところによれば裏書人が右償還義務を履行した場合には順次振出人その他の前者に償還を求めることができ、終局的には主たる債務者である振出人が償還(手形債務の履行)をなすことによつて手形関係はその目的を達し、すべての手形債務が消滅するという関係にあるものであるから、約束手形の所持人が裏書人に対して償還請求をなしうるためには、その前提要件として、所持人が主たる債務者である振出人(もつとも振出人が無能力、偽造その他の事由により手形債務を負担しない場合には手形法第七条により償還義務を負担すべき最先順位の裏書人、以下同じ。)に対し手形上の権利を保持しており、従つて償還義務を履行した裏書人をして右の権利を取得させうる場合であることが必要であり、右の権利が弁済はいうに及ばず免除、相殺等の原因により消滅に帰し、もはや所持人が償還義務を履行した裏書人をして右の権利を取得させえなくなつた場合においては、所持人は右の事態が発生した時点において裏書人に対する償還請求権を喪失するに至るものというべきである。

そうだとすれば、本件手形の振出人である同訴外会社の本件手形上の債務が消滅に帰し、もはや所持人である原告が裏書人である被告をして償還により同訴外会社に対する本件手形上の権利を取得させえなくなつていることは前示のとおりであるから、原告は右の事態が発生した時点において被告に対する本件手形の償還請求権を喪失するに至つたものというべきである。

三、よつて、裏書人である被告に対し本件手形の償還請求権を有することを前提としてその履行を求める原告の本訴請求はその理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(松尾政行)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例